「うぅ……お母さん……お父さん……」 2011年、アタシの居場所が突如として奪われた。大揺れが家を壊し、それを津波が飲み込んでいった。両親が共働きのためその日は保育園におり、建物の頑丈さもあり倒壊はせずみんなで避難所まで逃げてこられた。 しかし両親共に連絡が取れない状況だ。二人とも保育園より海に近い場所に会社がある。津波に飲み込まれてそのまま亡くなった可能性が非常に高い。 (嫌だ……一人は嫌だ……!!) 両親ともう二度と会えないかもしれないという不安は幼いアタシを蝕むには十分で、あとちょっと衝撃を与えられるだけで崩れてしまう。 「ねぇ……大丈夫?」 避難所の隅で涙を流していると見ず知らずの女の子に話しかけられる。同年代そうだが保育園では見たことない。 「アナタ誰?」 「私はたかねって言うんだ。私もここに避難してきて……泣いてて心配だから話しかけちゃった」 「なにそれ……」 ストレスをぶつけるかのように敢えて無愛想に振る舞い突き放してしまう。しかし彼女はそれに屈せず愛想良く話しかけ続ける。 「実は……アタシのお母さんとお父さん、津波に巻き込まれたかもしれないんだ……」 話し合うこと数時間。アタシは自然と心を開き彼女にセンシティブな話題を切り出す。両親の会社の居場所などの事を踏まえ不安をぶちまける。 「大丈夫だよ!!」 「え……?」 「私は信じるよ! 波風ちゃんのお母さんとお父さんが生きてるって!」 暗くなったこの避難所に底無しの明るさを持った希望が灯る。それはアタシには眩し過ぎるくらいだ。 「私も両親と連絡が取れなくて……でも信じてるから。きっと生きてるって。だから波風ちゃんも信じて待と?」 「……うん!」 冷え切ったアタシの心はすっかり彼女に温められ、それからの避難所生活を生き抜く糧になった。そしてアタシの両親はすぐに見つかり再会し、親戚のお兄さんが居る家の近くに引っ越すことも決まった。 だが、高嶺の家族は、両親はいつまで経っても見つからず行方不明のままだった。 ⭐︎ 「はっ……!!」 胸が締め付けられる感覚に襲われアタシは目を覚ます。月明かりがカーテンの隙間から入り込んでおり、その具合はまだ起きるには程遠かったことを示唆している。 「あれ? 毛布が……はぁ。相変わ
「やっぱり……前にあったあの生き物は……」 家を飛び出し研究室まで来て資料を読み漁ること数時間。俺はやっとお目当てのものを見つけ出す。数ヶ月前の珍しい海洋生物達の研究資料だ。 (今思えば不自然なことが多かった……) この研究は海洋学者や生物学者なら喉から手が出るほどやりたい、調べたいことだったはずだ。生憎俺は別の研究でそれどころではなかったが。 なのに調べていた人達は次々に研究を辞めて打ち切りという形になってしまった。 (外部からの圧力……?) ある一つの答えが頭に思い浮かんだ時突如俺の背後の扉が開け放たれる。 「誰だ!?」 今日はここには俺以外来ないはずだ。疑念渦巻く心境からかつい声を荒げてしまった。 「こんにちは……天空寺博士」 中に入って来たのは見覚えのない三十代程の身なりの整った男性だ。後ろには部下らしき人間を何名か引き連れており、身振り手振りからもかなり高い地位だということが窺える。 「貴方は…….?」 「私は鷹野悠仁という者です。あまり大きな声では言えませんが、公安に属しています」 「公安……!?」 日本のスパイ組織と言われる、影から日本の治安を守る公安。非合法なことも行っているという噂もあり、そして所属する者は家族にすらそのことを明かさないらしい。 「ここでそれを明かすということはそれだけ貴方に誠実に対応しているということなのであしからず」 「それで公安様が一研究者でしかない俺に何の御用で?」 「キュアヒーロー、そしてキュア星……ここまでで言えば分かりますよね?」 「もしかして…….貴方達がキュア星と繋がっている政府の……?」 生人君から聞いた話では、キュア星の人達が政府と繋がっていてキュアヒーローのあれこれについても情報交換していたはずだ。なら政府の元の公安の人達が知っていても何ら不思議ではない。 「そういうことです。そして包み隠さずお話しすると、その資料の研究を辞めさせたのは私達です」 「どうして……?」 「キュアヒーローとイクテュスは慎重に扱うべき、国が管理すべき事案。勝手に研究されて新事実を発表されては国民が混乱しかねない」 概ね筋は通っている。正直言って研究者にはまぁ……あまりコミュニケーションを取れない者もいる。周りへの影響など考えず信念を貫く者も少なくない。現に俺がそ
「ふぅ……お前らもなんとか無事だったようだな」 痛む体で泳ぎオレは海岸近くの洞窟の奥へと辿り着く。事前に集合場所は決めてあったのでそこにはメサとライが座って休んでいた。 「こっちは楽勝だったけど、アンタはそうでもないみたいだね。ブローチにトラブルでもあったのかい?」 「いや……前殺した奴が生き返ってた」 「ぷぷっ! 自分が失敗したからっていーわけ?」 メサは相変わらずの生意気さでこちらを煽ってくるが、乗ってやる元気もないので適当に受け流し壁を背にその場に座る。 「だが青白く半透明だった。恐らくキュアヒーローの力の副作用か何かだろう」 「副作用?」 「あぁ。元々そういう機能があるならオレが奴を殺した時にあんな顔する必要は…………」 あの時の、ウォーターの悲痛な表情が何度もフラッシュバックする。その度に胸の奥に何かが芽生え思考を鈍くさせる。 「どうしたんだい?」 「いや何でもない。それよりそっちは何か成果はあったか?」 「あの化物からブローチ奪えたよー!」 メサは誇らしげに手を広げてブローチを見せびらかす。それはアイツが着けていたもので間違いない。 「アイツから奪えたのか!?」 「適当に実験体連れながら人質と交換条件出してね。まぁ戦ってたら絶対勝てなかったから」 卑怯な手段だが同族を守るためにもそんなことは言ってはいられない。とにかくアイツの変身能力を奪えたのは大きい。これで奴らの戦力が半減したと言っても過言ではない。 「というより、例え生き返った云々があったとしてもアンタが負けるなんて珍しい……」 「生き返ったその奴がウォーターと合体したんだ」 「……は?」 突拍子もないことを言っているのは分かってるし、オレ自身上手く説明ができない。 「理解に苦しむと思うが、本当に合体した……としか言いようがない。イリオが光の粒子になってウォーターに取り込まれたんだ」 「へー、キュアヒーローってそんなこともできるんだ」 「んなわけないでしょ。できたらもっと前にやってるはずよ」 あの時警戒ついでにアナテマとノーブルの方も窺っていたが、奴らもあの事態には困惑していた。事前に知っていた反応ではない。 「ちぇ。簡単にはいかないねー」 「人間は身体能力こそ変異前のオレ達にすら及ばない場合もあるくらいだが、その分爆発力が計り知
「痛たたた……お尻打っちゃった……」 私はお尻を手で押さえながら痛みに悶える。波風ちゃんの方はぶつかる前に浮いたので大丈夫だったがこちらは少しの間走れそうにない。 「分裂……やっぱりお前ら二人合体してたってことなのか?」 「とにかく何があったか教えてくれる? 高嶺のあの姿やゼリルの使ってたブローチについてとか」 その場に居らず配信を見る暇もなかった生人君に何があったのかを事細かに説明する。私では語彙力が足らず波風ちゃんと橙子さんに頼りっきりになってしまったが。 「なるほどね……波風の存在は高嶺のブローチに注ぎ込まれた希望依存だって仮説だったから……それが影響している可能性が高いね」 しっくりくる説明と上手く言語化された文章だ。辻褄も合っていて矛盾もない。 「それでゼリルの使ってのは……」 生人君も察しがついたようで歯切れを悪くする。 「ごめんなさい……アタシがブローチを奪われたせいで……」 「波風ちゃんのせいじゃないよ!!」 自らを罰しようと自責する彼女を必死に止める。あれは私のミスで、そして一人の命を奪った罪だ。それを波風ちゃんにほんの少しでも背負わせるなんてことはできない。 「ん……? それより生人さんブローチは……キュアヒーローに変身するためのアレはどうしたんですか?」 橙子さんが指摘したことで私も気づく。生人君がブローチを付けていないことに。そもそもホテルで変身していなかった時点で不自然だった。 「実は……盗られてしまったんだ。君達が昨日戦ったあの二人に」 サメとクジラのようなイクテュスの二人組だ。生人君なら負けるとは思えないが、きっと卑怯な手段などを取られたのだろう。 「何かあっ……」 「いや、言い訳するつもりはないよ。全部ボクの力不足だからね。この失敗はボクがなんとかする……だから高嶺達は気にしないで」 慰めようとしたわけではないが、かけた声は弾かれる。 力量不足なはずがない。生人君の強さは合体した私達よりも上のはずだし経験なんて比べ物にもならない。 「生人君!!」 その態度に私は言いたくなることがあり、つい声を荒げて彼を驚かせてしまう。 「な、なに?」 「私達は仲間なんだから一人で考え込まないで。私もこの前辛かった時、幻覚に振り回されていた時生人君に助けられた……だから私も力になりた
まず私達は地面を凍てつかせ奴の足場を奪う。移動を制限することにより戦闘で有利にさせるのに加え、十数メートル先で膝を突く二人に攻撃の手が行かないよう牽制する。 「水と熱で氷か……面倒だな」 奴は転ばないようにかかとやつま先で滑りをコントロールしながら受け手に下がる。こちらは氷を自由自在に扱えるので、足元のものを弄り巧みに滑って加速し急接近する。 接近しながら即座に武器を槍に変えて突きを繰り出す。ギリギリで躱されるものの奴の表情に焦りが出始める。 「二人の力が単純に足された……だけじゃなさそうだな」 「当たり前だよ。私達二人はそんな単純な関係じゃない……!!」 私のこの中で燃え盛る力は注ぎ込まれた希望とは釣り合わない。それよりも更に多く、現在進行形で増え続けている。 「ならそれすらも叩き潰すだけだ!!」 奴は触手を展開させ私ではなく横の壁を突き刺す。それを頼りにしてテクニカルに動き予測し辛い軌道を描く。 そんな動きから放たれる鎌の位置は不鮮明で防御がままならない。細い槍ではなく銃に武器を変形させて防ぐがそっちに集中してしまい足がおろそかになり衝撃を受け止めきれず地面をかなり滑らさせる。 (やっぱ一筋縄ではいかない……か) [大丈夫高嶺!? 怪我ない!?] [ダメージはないよ! でもやっぱパワーは向こうに軍配が上がるみたい。ここまで押し除けられちゃった] 波風ちゃんと一つになったとしても今の奴は油断できる相手ではない。毒も効くだろうしきっと奴の全力の攻撃を叩き込まれたら再起不能となるに違いない。 [来るよ高嶺!!] 奴が凍てついていない部分を上手く伝ってこちらに接近する。銃で撃ち落とそうと応戦するものの触手を動かしてひらりと躱す。 奴との距離が半分程に縮まったあたりで壁の一部を曲がった氷に変え、そこに水圧レーザーを発射する。反射し奴の死角から迫るレーザーは虚を突き触手を数本を切り落とす。 「うおっ……!?」 奴はぐらりとバランスを崩し急いで追加で触手を壁に突き刺して落ちないようにする。だがその間にも三発レーザーを発射し奴の外皮を抉る。それでも硬く貫通まではいかず軽傷に留まる。 奴もそのダメージをくらったまま引き下がることなどせず、崩れたバランスのまま衝撃を受け流すように一回転した後鎌を縦に振り上げる。振り下ろ
波風ちゃんの右ストレートが奴の右胸に綺麗に命中する。しかし響く鈍い音は奴の胸からではなく彼女の手から出された音だ。 「何で殴った……? お前の方が怪我するのは目に見えているはずだ」 威力もダメージもなかったが、奴はその奇行と勇気に気を取られ私へ迫り来ていた鎌を止める。 「守りたいから……アタシの大切な人を……もう悲しませたくないから!!」 もう一度、今度は左拳で奴の顔面を殴りつける。奴は避けも受けもしない。する必要がないから。波風ちゃんは痛みによって表情を強張らせる。 「ならお前からだ……今度こそ殺してやる」 「ぐっ……」 鎌は私へ向けた標準を外し彼女の方へと切先をやる。 「やめ……ろぉ!!」 胸の出血を手で抑え、悲鳴を上げること身体を黙らせて奴の顔面に蹴りを入れる。 「なっ……!?」 この傷で素早く動けると思っていなかったのか、奴の油断を突いて蹴りは頭部を捉え退かせる。 「私は……守れなかった。だから……今度こそは守るんだ……もうこれ以上失わないために!!」 波風ちゃんに肩を貸しその手を取る。もう離さないために。希望を守るために。 「アタシもなりたい……ヒーローに、高嶺の希望に……!!」 彼女の手がキラキラと光り出す。淡く温かい光が広がっていき私の胸の傷に覆い被さっていく。 「傷が……治ってく……!?」 その優しさに私の体が反応し、胸の出血が止まり切り傷がどんどん塞がっていく。 「何だと……? 一体何が……」 まさかの急展開に奴は呆気に取られ攻撃の手が止まる。だが結局のところやることは変わらないのですぐに目つきが戻り鎌を振り上げる。 「アタシがなるんだ……高嶺の希望に!!!」 波風ちゃんが一頻り高い咆哮を上げた途端手から溢れていた光の粒子が全身からも出始める。それは私の胸へ、いやよく見るとブローチに集まっていく。 「ぐっ……眩しい……!!」 ブローチから放たれる輝きに奴は攻撃を直前で止めざる得なくなる。そして波風ちゃんの体は崩れ全てが光の粒子に変わり消滅する。 「えっ!? そんな……ど、どこ!?」 光が収まった後姿を消した波風ちゃんを探し辺りに目をやる。だが見つからず、歯を食いしばって奴の方に向き直る。 「お前それは……」 だが奴の見せた反応は不可解な